連載記事2016年3-2
ブライダルの伝統を伝承する意味
社会全体が、老齢化している日本において、ブライダル業界はスタッフの若年化が進んできた。一般的に若年化によりどうしてもプロ度が低下するが、この現実は、バブル崩壊以降一部の専門職を除いてスペシャリストからゼネラリストに会社全体が移行した結果でもあり、何でもこなす人が、実は何にも出来ない人に変貌していったのである。
ブライダル全体を見渡しても、非効率的になってしまった部分も随分と見うけられる。例えば、披露宴会場のテーブル上に卓記号なるものが立っていて、以前はこの卓記号の多くが漢字で示されていた時代があった。
披露宴における会場のスタッフは、費用の高額な一流ホテルや外資系ホテルでも配膳会の派遣スタッフで構成されている。
私は、大学を卒業してすぐホテルに入社したが、最初の配属先が宴会部門で、配膳会スタッフが派遣先の社員に仕事や知識を教えることが一般的で、まさに私もそうだった。私の配属された職場は、場所柄、宮内庁御用達の宴会があると皇居などに駆り出されるスタッフも多く、社員以上にプロだった。
言うなれば、プロの配膳人で、極端に言うと毎日職場が違うが、どこの会場に行っても即仕事が出来た。細かい説明をしなくとも、例え初めて入る会場でも、即一人前の仕事が出来たのだ。まさにプロフェッショナルだ。しかし、そこにはある程度どこの会場でも通用する共通のマニュアルがあり、そのマニュアルをプロのレベルで理解していたのである。
例えば、先ほどのテーブル上の記号立てだが、全て漢字で「松竹梅」「福禄寿」「雪月花」「祝賀」「光明」「富貴」「鶴亀」など婚礼にふさわしいおめでたい語句の漢字を使っていた。一生に一度の大切な祝い事なので、縁起を担ぎおめでたい言葉を使用したのだ。
さらに、その語句にはそれぞれ意味があり、例えば「松竹梅」の記号は新郎側、「福禄寿」の記号は新婦側のテーブルで使用され、「松」は新郎の主賓卓、「福」は新婦の主賓卓と決まっており、テーブルの優先順位もこの順番に末卓に向かって配置される。さらに、「鶴」は新郎の両親卓、「亀」は新婦の両親卓でそれぞれの末卓と決まっていたので、卓記号を見ただけで、そのテーブルがどのあたりに配置され、どのような人たちのグループなのかが一目瞭然だった。
こうした、どこの会場に行っても共通の認識があったので、披露宴前のスタッフのブリーフィングは、初めて仕事を行う会場でも、担当テーブルの記号を聞いただけで、その日の自分の役割がある程度理解出来た。例えば、今日の担当テーブルは「松」といわれた配膳人は、通常の料理・飲物のサービス以外に、新郎の主賓卓だと理解出来るので、主賓挨拶の時の椅子引きや特別気を使わなければならないことを誰が言わずとも理解していた。さらに、「鶴」や「亀」と言われたら、両親卓なので、媒酌人や主賓の挨拶の時などは、後ろからそっと「お立ち下さい」と両親への声掛けや座るときの椅子引きなども、キャプテンの指示がなくても理解していた。
その他、法事の時などの記号は基本的に「樫」「楓」「桂」「柳」などの木偏(きへん)のつく漢字を使用することになっているが、「菊」は特別で、菊の御紋など日本を代表する花であることから主賓卓で使用し、「柳」は、垂れ下がっていることから「頭(こうべ)を垂れる」という意味で喪主のテーブルに使うなど、様々なルールが確立されていたが、現在はスタッフも一般宴会と婚礼で分離しているなど、このようなルールを知っている人は少ない。
プロフェッショナルの育成が必要な時代
しかし、良く考えてもらいたいのは、以前もお話しさせて頂いたように日本は劇的な人手不足の時代に突入したということだ。高額な対価を支払うサービス業では、CS(=Customer’s Satisfaction)を満たすためには、ES(=Employee’s Satisfaction)を満たすと同時に、スタッフのスキルアップを計り、業務の効率化・合理化を目指ざさなければビジネスが成り立たない時代になる。
ゆえに、プロの力をしっかりと身に着けた人材がますます必要になってくる。人は、本物や高い技術には感動するが、当たり前のことには感謝すらしないし、勿論感動もしない。特にブライダルは、高額商品なのでその意識は強いし、全てに高いバリューが求められる。
一時は、ゼネラリストがもてはやされたが、これからは本当のプロが必要な時代で、プロが脚光を浴びなければならない時代になる。特殊な分野であればあるほど、技術を磨きその技術を提供することでお客様を感動の領域へ導くことが出来るのだ。今後のビジネスの肝はプロの技であり、まさにプロが必要な時代になると確信している。