は、約20年間で4つのホテルと2つのゲストハウスで働かせて頂いたが、振り返ると、時代と共にクレームも変遷している。
私が駆け出しの頃、宴会スタッフは、婚礼だけでなく、宴会も婚礼の何倍もの件数を担当しており、平日は宴会、土日祝日は婚礼の仕事が普通だった。
私は、○○組○代目○○組長の御子息の出版記念パーティーを担当させられたことがあるが、平成3年の暴力団新法の施行以前の暴力団への対応は、結構ナーバスな問題であった。
組織のトップは常識的なのだが、下へ行けば全く逆で、暴力団新法施行前の状態は、相当緊張するものがあった。
宴会当日、主催者にコサージュをつけるために、美容室のスタッフを伴って控室に伺ったが、初対面はジェントルマンで好印象だった。
ところが、事務所に戻ると、雰囲気が異常に張りつめており、同僚が持つ受話器の向こうから、「どないするんやー、谷藤を出せ―」と怒鳴りまくっている。電話を代わると、「すぐ来い」というので、資料を持って、電話の相手のところに行ったところ、怒りの理由は、全く同じ部屋の左右の使い勝手が逆になっているとのことだったが、そんなことに気づくお客様はそうそういない。VIP控室ならともかく、単なるスタッフの控室だったので、あら捜しと言ってもいいだろう。
彼らは、当時は定番ともいえる「この落とし前はどないつけるんや」と恫喝するので、私が逆に「どうすればいいですか」と聞き返すと、「とりあえず土下座しろ」と言われたので、少し考えたが、私のプライドが勝って「土下座はできません」と答えると、「なんだとー」と腹に一発軽いパンチが飛んできた。
私は、このような経験は初めてではなかったので、「ホテルでこんなことしてもいいんですか」と間髪入れず睨みつけると、先方が少し焦ったように「だったら、どう落とし前をつけるんじゃい」と言うので、とっさに「ここにいる全員の方に、飲物を無料提供させて頂きます」と言ったら、納得はしていなかったようだが、とりあえずその場は落着した。
土下座をしなかったことが気に入らなかったのか、その後、会社に何度も電話があり、「お前、家族いるんだろう、子供は何歳だ、女房は美人か」などと脅されて、何度か会社を辞めようかと思ったほどだが、先方の思うつぼにはまるのもシャクに思えたので、時のすぎるのを待った。
現代は、一般市民が企業や店舗に暴力団まがいの態度で土下座を強要するなど、“モンスター”クレーマーが現れている。消費者意識の高まりとともに、企業へのクレーム数は増加しているのだが、際限ない要求を許してしまう要因として「過剰な顧客重視」があると思う。
ホテル業界は、昔から過剰対応する傾向があったが、考え方は、時代に合わせ変えていくべきだろう。私も宴会部門の責任者として、数えきれないほどのコンプレ処理を行ってきたが、顧客に対しても、常識を基本に、適正に、時には厳しい対応も必要だと思う。
勿論、ホテルの間違いは素直に謝罪し、それなりの対応をする。しかし、「誠意を見せろ」的な輩に対しては、「誠意とは、まさかお金という意味ではないですよね」と最初に釘を刺してしまうとその後の対応が楽になる。もし、それでも要求するときは、それは、「脅迫、ゆすり」であることを暗に知らせ、法的対応を取らざるを得ないことを匂わすと、相手も下心を自覚しているので、意外に収まる。
ホテルだからと言って、「お客様の言うことは全て正しい」という考え方は時代錯誤で、今は相手を見て判断しなければならない時代だと思う。どんな時も毅然としたプロの態度で接し、誠意をもって臨めば、お客様も乱暴に理不尽なクレームは言えないはずである。
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